東京クーデター Tokyo Coup d'etat

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一九七三年十一月

序章 クーデターとは

クーデター(Coup d'Etat)とは、一般に「政権保持者または権力階級が、その権力を拡大したり、あるいは新たに政権を掌握するためにとる急激な非合法的手段」と解されている。またこのため、クーデターには暴力を伴うのが当然であるとも考えられている。つまりクーデターは、分秒を争う緊迫した短期決戦によって、現政権の政治機能を奪い、新政権を樹立させるための実力行使である。

 

日本においては、古くは七世紀中葉の蘇我入鹿の乱、昭和初期の五・一五事件、二二・六事件など、いずれもクーデターであり、暴力が行使された。後の両者は天皇制にかかわる右翼的行動であったため、日本では、クーデターといえば右翼的色彩の濃いものを連想する向きも多いだろう。

しかし、現代のクーデターにはさまざまの相をもつものがある。革進勢力がファシズム政権を倒し、逆に社会主義政権をファシズム勢力が奪いとり、あるいは、保守・革新のいずれか一方にのみ組みすることのない新政権を樹立するなど、さまざまである。

 

クーデターと革命とのちがい

革命とは、被支配階級が、支配階級を倒して政権をにぎり、国家や社会の組織を根底から変革することである。

クーデターは、革命のように根本的な変革をめざすものではない。国家や社会の組織に部分的な若干の変革がもたらされたとしても、現組織は基本的に是認される。ただその政権を奪いとるだけであり、結果としては、支配者間において政権が他に移行するだけである。したがってクーデターは、自然発生的な暴動・一揆・蜂起などとも異なり、また、一人一殺を標傍した血盟団流のテロ行為とも根本的に異質である。

もちろんゲリラとも異なる。ゲリラは、いうまでもなく革命への手段として用いられる戦法にすぎない。

国家という組識体を、国民の集計によってつくられた三角形と見るならば、その上部が支配楷級であり、下部が国民大衆である。クーデターは、この三角形の上部を変化させるものであり、底辺部にはほとんど無関係である。

三角形そのものが否定されるのではない。

 

クーデター成功のために

クーデターが成功して政権をにぎった場合、肝要なことは、敏速果断な新政策の実施である。権力を握りながら、政策実施がおくれれば必ず反動があり、勝算はありえない。この政策は、その立案過程において、現代の複雑な社会機構はもとより、国民大衆の潜在的要求の大勢にいたるまで充分に知りつくしたうえでつくられたものでなければ、大方の支持を得られないことは当然である。選挙公約にひとしい空念仏の羅列でなく、もっとも基本的な改革案を精選して提示、これらの実施を押し進めなければならない。

政権を維持し、政策を実施するために必要なことは、まず第一に、治安力をにぎり、国庫に富豊な資金を集めることである。

いっぱんに資金が支配階級に占められている以上、そこから吸収するのが当然である。しかし、これは社会主義革命の新一歩というわけではない。支配階級の犠牲において改革が行われることは事実であるが、新しい国づくりへの投資という観点から、いわば協力を求めるのである。一時の犠牲は、決して永久の犠牲ではない。十分な見返りがありとすれば、クーデターをひとつの事業とみなすことができるのである。

この豊富な資金は、まず国民生活の向上と安定をはかる諸施策に使われなければならない。そのための思い切った政策を実施し、生産をいっそう向上させて、これが国民の福利につながるとき、政権は安定し、クーデターは完全な成功をかちとる。国民の積極的な協力がなければ、社会に無用な混乱をひきおこし、旧勢力の反撃を受けることは必至である。

 

クーデターを起こすにあたって

国民の文化水準 クーデターを起こすにあたって、考慮しなければならないことは、国民の文化水準である。とくに、国民の批判精神つまり自主性に注意しなければならない。

文化のいまだ低い、前近代的国家にあっては、クーデターは成功しやすい。しかし、文化水準の高い、近代的民主主義国においては、大義明分がないかぎり国民の支持協力は得られない。

卑近な例として、三島由紀夫の自衛隊乱入事件がある。三島が自衛隊の一部の同調を得てクーデターを実行し、憲法第九条を廃止したとするならば、おそらく国民は、これにだまって承服することはなかったであろう。憲法改正に消極的に賛成の者、判断に迷っていた者も、決してクーデターを許さなかったであろう。それは、国民の意志を民主的に問うこともなく、暴力による一方的廃止を決めた非民主的手段に対する反発からである。このような例は、ウォルフガング・カップ(wolfgang Kapp 1858~1922)のクーデターにも見ることができる。カップは、第一次大戦後のワイマール共和制に反対し、一九二〇年、帝政復活をめざして蜂起、ベルリンを占領した。しかし民心をつかみ得なかった非合法政府は、プロレタリアの反撃を受け、僅か五日の短命で政権を放棄しているのである。

最近、中南米、中近東、東南アジアなどにおいて、しばしばクーデターが起こっている。これらは米ソ両国の利権争奪の謀略戦で、相当の軍資金が流入していると噂されてもいるが、かなりの成功率である。しかし、成功率の高いのは、その国の低文化性に負うところがかなり大きい。したがって、これらの国におけるクーデターの図式を、わが国にそのまま通用することは無理である。暴力を行使するクーデターに対して、いっぱんに日本人が嫌悪と恐怖をいだいてながめていることからも、それは理解できよう。クーデターを研究する者は、この事実を明確に認識しておかねばならない。

社会状況の観察

文化程度が高く、社会機構の各条件が開発途上国と相違した国でクーデターを行おうとする場合には、社会状況――クーデターを必然とする事態の有無――の冷静な観察・把握と、クーデター決行の時期および方法についての基礎的な考慮が必要である。

 社会状況については、

 1 政治の怠慢、腐敗、不安定
 2 経済的危機
 3 思想の混乱
 4 外交上の失敗
 5 自国の安全、国防問題
 6 他国の戦争への参加
 7 巨大独占資本の横暴
 8 富の不均衡、社会の矛盾の激化
 9 公害等による健康・生命の侵害

などを観察することが必要である。

これらの要素から日本の現状を観察すると、自民党の席敗・無能、政局の不安定、悪性インフレーンョン、住宅難、公害の広域化と激化、富の偏在、物不足等々、国民の不満は鬱積し、いつ爆発するか予測しえない深刻な状況である。ことに、経済恐慌の元凶といわれるスタグフレーンョン(不況下の物価上昇)が顕著になってきたことは、国民生活にいっそう無気味な危機感を与えるのである。

マルクス、レーニン以来、革命の条件をつくりだすものは「経済恐慌」であるとされてきた。日本の現況は、この経済面に加えて、公害による「生命の危機」という新たな要因が発生してきた。

このような矛盾は、すべて政治の腐敗によるものである。したがって、選挙という合法的手段による政権交替が望まれるわけである。しかし現実は、自民党に代わる健全野党が存在しない。庶民の間には、さまざまな市民運動がかつてなく盛り上がり、革新諸団体も、精力的な動きを見せているが、これらの力によっても悲願を速攻させることは不可能である。

とすれば、このような社会は、いちおうクーデター発生の培養基盤とみなしうるのである。飛躍していうならば、日本の危機、国民の危機を救う手投は、クーデターしかないという結論に達する。したがって、日本の現状からいうならば、クーデターは、単なる支配者間の政権移動ではなく、直民の間に蓄積されている不満・怒りのエネルギーを有効エネルギーに転換させる重要な「媒体」となりうるものである。

 

時と場所―東京クーデター

クーデターを超こす時と場所の選定を誤まるならば、すべては水泡に帰してしまう。

日本でクーデターを起こすとすれば、東京以外にない。クーデターは、先に述べたように権カの奪取を目的とする非合法手段である。したがって、権力機構の集中する東京に限られてくる。

本書の「東京クーデター」という題名も、こうしたところから発しているのである。

時については、現実の問題として考える場合、ここで明言することはさしひかえたい。本書を読まれることによって、おのずから理解されるものと信ずる。

 

くり返していう。クーデターとは、権力、政権を短期に奪取する敏速果断な作業である。

その作業は、軍事力、あるいは広範な人民大衆の介入という、直接的な「力」の援助があれば容易に遂行できる、とするのが一般的な考え方である。クーデターは、膨大な資金、武器、人員などが必要だというのも一つの常識である。また、クーデターは、政治的、あるいは権力的(個人)意図を有するものであり、政治的中立の立場にたつクーデターはありえない、というのが一般的定義である。

本書では、このような大衆の参加や軍事力の介入もなく、また膨大な資金・武器・人員も必要とせず、かつ政治的に中立なクーデターが可能である、という新しいクーデターの図式を大胆に設定し、その展開を試みた。これは、日本の現状に即したクーデターといえよう。

もちろんこれは仮空のものである。しかし、参考的に読まれ、何らかのヒントを得て大小さまざまのアイディアが生み出されるならば、著者の望外の喜びとするところである。


第二章 東京クーデター発生
 
都市ゲリラ

ゲリラとは、革命の手段として用いられる市民の武力的活動で、都市や農山村に起こる。相手の力が強大で、正攻法を用いにくい場合、臨機応変に相手の意表をついて攻撃し、その勢力を分散または壊滅させるものである。いっぱんに小部隊で敵陣や後方に奇襲を行い、敵をかく乱する遊撃戦を特長とする。

ゲリラ戦は、中国革命、キューバ革命、南ベトナムにおける解放戦争などで、革命の際の有力な手段であることが立証された。しかし、その戦術は、社会的、自然的条件に大きく作用される。他国における戦法が、そのまま日本に通じるということはない。前記諸国は交通網も貧弱であり、政府軍の活動は機敏さを欠き、その武力も劣悪であった。革命軍はゲリラ戦を、生活水準が低く、さまざまな桎桔にあえいでいる農村から始めた。支持者が容易に得られ、短期間に地域行政を停止させることに成功した。人的質源も広範な農村で獲得でき、やがて都市を制圧した。

ゲリラ戦にとって、地域の設定はきわめて重要かつ因難な問題である。日本の場合、都市勤労者よりも生活の豊かになった農村を革命の牙城にすることは、ほとんど不可能である。したがって、日本でゲリラ戦を始めるとすれば、大都市ということになる。

かつての都市ゲリラ戦では、バリケード戦法が威力を発揮したが、現在ではその効果は疑問がある。都市構造が変わってきていること、戦車・大砲・航空機などが発達していることなどから、バリケード戦は主要な戦術ではなくなった。ただ、革命運動の場合、「抵抗の意思」を表明するという政治宣伝の効果はあげられる。バリケードにかわるべきものは、都市の建造物である。そして、市民を戦闘にまきこみ、第一線にかりたてて戦わせる。自らは、後方や群集の中にひそみ、あるいは建造物にたくみに遮蔽されて、機をみて敵を攻撃する。戦術的には波状攻撃を行い、敵の心身を極度に疲労させようというのである。

ゲリラは、市民の支持・協力がなければ、とうてい実現は不可能である。ゲバラにしても毛沢東にしても、一般民衆に被害を与えることを厳に戒めている。赤軍など過激集団の行動が空転しているのは、大衆の支持をまったくもたないからである。次いで重要なことは、社会的条件である。革命を期待する声である。経済恐慌、思想混乱といった、国益や個人生活に直接結びつく深刻な要素がなければならない。

 ……(以下略)

第二章 東京クーデター発生
 
決起の背景

訓練教程1

国会に侵入した暴漢らは、クーデターによって現政権を転覆させ、新政権樹立をはかろうとした一味である。

クーデターに武力が伴うのは、一般的な常識である。しかし彼らは、英知をもって武力にかえ、クーデターを成功させようという、史上まれな計画をたてた。精密・巧妙な計画と、その遂行に必要な激しい訓練の積み重ねが、必ずや成功をもたらすであろうと信じた。

この計画をささえる背景は、予想以上に大きい。超党的政界人、財界人、学者、文化人、科学技術者、思想家、自衛隊幹部など少数ではあるがきわめて有力なメンバーの支援がある。また右翼と称せられる組織、それと相反する元べ平連も参加している。戦闘メンバーの数、主謀者の実態については詳細な発表はできかねるが、元自衛隊員、元機動隊員、現機動隊員、元過激派学生、右翼系のほか、公務員、技術者などで、きわめてチームワークのとれた、精鋭な混成部隊である。

本隊の下に、駿足を誇る優秀な遊撃隊がある。幹部は、隊長以下数名のリーダーによって組織されている。「勝敗を決するものは、英知と勇気と不断の訓練である」というのが、彼らの信条である。

○月○日、某所に隊員が集合、綿密な計画に基づく訓練が開始された。訓練に先だち、キャプテンのあいさつがあった。キャプテンが隊員たちの前に姿をあらわしたのは、これがはじめであった。

キャプテンはカミソリのような切れ味の頭脳の持主で、体格、風貌、声音とも堂々としており、その場で隊員の信頼をかちとってしまった。

キャプテンの簡単な訓話が終わると、リーダー幹部が立って、

「国会から全大臣を拉致し、輸送車に全員乗車完了させ、国会を脱出する作戦は人間わざではできない。瞬間の神ワザが勝敗を決するのである。英知、勇気、訓練の総決算が勝を制する」

と、隊員を激励し、各隊に猛訓練を要請した。

ただちに各隊ごとにリーダーの真剣な指導が始まった。

訓練期間は短かったが、連日、猛訓練が施された。秒読み的な敏速な行動、機械のような正確さ、沈着果断な行動、流れるようなチームワーク、これらが一つの目標のために、人間の限界を超えたところまで要求された。

訓練は、次の教程に基づいてすすめられた。

 

訓練教程(一)

一、国会に放送機材等を澱入する際着用するジャンバーは、裏返すと機動隊服になる。白バイの警官服は同様にして、背広服になる。これらの着替え、変装を秒よみで訓練する。

二、合図・レポは科学的特殊機械や独得の方法で行うため、これに習熟するよう訓練する。

三、大臣拉致には機動隊輸送車に偽装した大型車二台(A号車、B号車)を使用するが、その車内構造および利用法を完全に理解し、その効用を十二分に発揮させうるよう、入念な訓練を行う。

四、予定の出口にA号車、B号車を並行して駐車させる。両車の間隔は、両車の側面の扉を開き、これをトンネル式に利用するため、行動に支障を来たさない範囲でなるべく近接させること。

五、A号車は空車、B号車にはライフル銃、機関銑を搭載する。射撃手はこれに実弾を装填し、万一、機動隊等が国会内決行隊の逮捕に向かうことがあれば、これを背後から狙撃し、閣僚拉致を武力で行う。この場合を想定し、銃座の位置の決定等を沈着に判断し、誤りのないよう行動できることが大事である。

六、防毒マスクは、覆面によるオドシの効果と、敵のガス弾発射に対する備えを兼ねたものである。その装着、取りはずしについては機敏を要する。

七、武器類の搬入方法については、訓練の際に教示する。特に、自動小銃は小型であるが最新式、高性能なものであり、その繰作に習熟するよう訓練する。

八、国会内行動隊を緩護する目的で、二隊に分かれて国会内デモを決行する。行動開始の時刻は、予算委員長の開会宣告に合わせる。

九、デモ隊第一隊は、あらかじめ定められた待機地点から五台の自動車に分乗して国会に向かい、○門に集結、強引に内庭に侵入する。ただちに全隊員はヘルメットを着用し、一台の車を横倒しにしてガソリンをかけ点火する。車内に仕掛けてある爆竹や爆発物を効果的に爆発させるとともに、デモ隊列を整え、なるべく大喚声をあげながらジグザグデモを行う。

 第二隊は、警備側が強力な場合、リーダーの指令に基づいてただちに出動する。

 ただし、いずれも陽動作戦であることを忘れず、逮捕者等の出ないよう、十分に配慮すべきである。「A号車出発OK」の合図が出たら、時機を見て敏速にデモを収束、ただちに車で現場を離れ、隊長の指揮下に入る。

一〇、持科隊は二斑に分かれ、第一班は強力な電波を発信して、警備隊の携帯無線機による連絡を不能にする。第二班は内部の者と協力し、電話線の切断、通信施設の破壊を行い、外部との通信連絡を完全に遮断する。いずれも確実、敏速が要求される。

一一、輸送車二台は、パトカーを先導に、デモ隊の騒ぎを利用して○門から入り、閣僚を待ち受ける。駐車位置等については、四に指示したとおり。

一二、国会内に潜入していた本隊は、デモ隊の狼火と喚声を合図に行動を開始、閣僚を所定の出口まで誘導し、A号車に乗車させる。この際、B号車の武装隊は、A号単にトンネル移乗を行い、閣僚らの拘束作業に協力する。閣僚全員に、麻酔薬をふくませたサルグツワをかませたうえでB号車に移す。大臣らから剥ざ取った所持品はA号車内に放置する。作業終了と同時にB号車は、パトカー先導で○○地点を抜け、予定地に向けて全速で走る。

一三、A号車には機動隊服の隊員が運転台に乗り、○門の門衛に手を挙げて挨拶、白バイを伴走させながら目的地に向かう。

 なお、詳細は訓練時に教示する。

 

クーデター側は、国会の空転を利用して、国会の内外に少数ではあるが、きわめて信頼できる協力者や中立者を獲得することができた。これが、決行のときに百万の援軍にまさる力となり、クーデターを一歩成功に近づけた。

「ものには必ずスキがある。したがって、不可能と思われることも可能になる。スキを見出し、スキをつくらせ、不可能を可能にするのは、われわれの英知である」

この隊長の信念は、そのまま隊員に伝わった。この信念が、隊員たちを猛訓練に耐えさせた。訓練の進行につれて、隊員のあいだには、冒険心、好奇心、使命感など複雑に入りまじった感情が働きだした。訓練が終わったときには、隊員一人ひとりの胸に実行への意欲がふつふつともえあがっていた。それは、子どもが遠足の日を待ちわぴる気持ちにも似たものだった。

彼らは、国会周辺や行動に関係ある要所を、あるいは徒歩で、あるいは車で、たんねんに調査してまわった。実行には寸分の狂いも許されなかったからである。

いま、計画は実行された。綿密な準備と、それに基づいてえがかれた設計図どおりに事は運んだ。

クーデターの第一歩は成功した。しかし、閣僚拉致後の事態の収束を、彼らはどのように考えているのだろうか。


第三章 東京クーデター終結
 
三 行動の背景

訓練教程(二)
一、閣僚を乗車させたB号車は、白バイの先導で赤坂を下り、?ビルに向かう。途中、予定のP地点で待機別動隊の用意した外ワクを車体につけ、その上から○○運送会社名入りのシートをかけて全体を覆い、トラックに変装させる。

二、?ビル一階に入ったら、ただちにシャッターをおろし、全員を下車させる。隊員は乗務交替し、外部の安全を確認した後、車をふたたび路上に出し、目的地Qに向かう。到着後は、ナンバープレートその他証拠となるものをすべて取りのぞき、ガソリンをかけて車体を完全に焼却する。作業終了後ただちに復帰し、隊長の指揮下に入る。

三 A号車は、白バイを先導に、予定コースを通って小平市方面に急行するが、白バイは目的地に近いR地点でA号車から離れ、R1地点まで行き車を捨てる。ただちに服装をかえ、タクシーを乗り継ぎして復帰、隊長の指揮下に入る。A号車は目的地R2地点に到着後、待機のレポーターと連絡をとり、周囲の情況を適確に判断したうえで車体を処置する。着衣の変装を終えしだい、西部新宿線担当の別動隊と合流し、デマを効果的に流すことに努める。

四 本隊(拉致隊)は、全閣僚を下車させた後、地下道によって地下二階に連行する。閣僚を三室に分散させ、椅子に一人ずつ掛けさせ、さるぐつわ、目隠し、両手のなわをほどいて自由にする(この地下室は、一階から複雑な地下道によって連絡、治安当局の日の届かない安全地帯である。螢光燈、テレビ、電話など必要な設備はすべて整えてある)

五 前記作業の終了をみて、リーデーは全閣僚に向かって次の八項目の宣告を読み上げる。

 1(言語・動作)閣僚の生命の安全は保障する。ただし、指令あるまで私語、喫煙、筆記、自由歩行は、いっさい禁止する。
 2(食事)一日三回給与。水・ジュース等はその間に適宜与える。
 3(用便)申し出により護衛つきで認める。
 4(睡眠・休養)要求する者には毛布を与える。椅子・テーブル等の利用は自由であるが、一ヵ所に固まることは認めない。
 5(テレビ視聴)制限つきで、無声、画面のみ見せる。ただし、上部指令のものについては別途に扱う。
 6(読書)日本古典文学書三冊ずつを与える。
 7(運動)軽い休繰を認める。ただし、指示に基づき、交替制とする。
 8(罰則)リーダーの指揮命令に従わない者は、さるぐつわ、両手足の拘束を行う。

六 C班は、B号車到着予定時刻一時間前に、毛布および食糧を地下に搬入する。

七 見張りには、ライフル銃・拳銃を所持した武装隊員が時間交替であたる。

入 科学班は、治安側行動および味方レポーターの行動を光電子機で絶えず探知し、本隊に随時報告する。

九 ?ビル地上一帯は自衛隊警備区域で、機動隊の捜索範囲外であるが、万一、彼らが地下に侵入し、大臣の争奪宅が開始された場合、リーダーが必要と判断したら大臣全員を射殺する。最悪の場合は、全隊員を退避させた後、あらかじめ備えつけてあるダイナマイトを、スイッチによって爆発させる。

   注意

 (1)?ビルは、蜂起第二日、第三日めの二日問は、社員慰安旅行のため、ビル出入者は一人もいない。
 (2)電話は、地下一階で切り換え式となっているから、隊員といえども、地下二階では自由通話はできない。通話は必ず科学班の指導で行うこと。



第三章 東京クーデター終結
 
政権樹立工作

キャプテンは地上の情況から事態を賢明に洞察した。すべての準備はととのった。ただちに新政権樹立工作をはじめなければならない。

全閣僚が一室に集められた。キャプテンは、その堂々たる体駆を彼らのまえに現わした。要望書を読み上げるキャプテンの朗々とした声が、室内に響きわたった。第一編を読み終わって、キャプテンは、以上の理由から現政権の解体を強く要求する。と宣告した。事件の真相が、ここにはじめて明らかにされた。

つづいて、第二編の朗読が始まった。閣僚らは、この事件が革命を狙ったものではなく、政権転覆のためのクーデターであったことを知った。彼らの顔には、いちように安堵の表情が浮かんだ。

キャプテンは、朗読を終わると、閣僚らを尻目に、悠揚と室外に消えた。

地上に出たキャプテンは、精力的な活動を開始した。幹部と合議のうえ、政財界、学界、労働界など、意中の重要人物と個々の折衝を始め、新政権樹立のための工作が着々とすすんだ。

工作は、あらかじめ準備された次の図式を正確にふまえて行われた。


 

組閣作業

一 新政権樹立工作の場所は、首相官邸内○○とする。

二 地上工作開始の時点で官房長官を同官邸内に移送、軟禁して工作に協力させるとともに、警備自衛隊の不慮の妨害排除にも役立たせる。

三 国会および首相官邸周辺の安全を確保するため、自衛隊を治安出動させる。このため首相および防衛庁長官の出動命令を録音し、このテープを官房長官に託し、内閣官房、警察庁に電話伝達させる。自衛隊の警備は、必要に応じて東京都内全区域および近県に広げ、連鎖反応的暴動・騒乱等の予防、制圧にあたらせる。

四 外国の万一の軍事介入に備え、陸・海・空全自衛隊を緊急警備につかせ、日本全土の防衛態勢を強化する。

五 自衛隊の出動は、官房長官とともにテレビ・ニュースなどで確認し、さらに、議事堂・首相官邸の安全を確認した時点で地上工作を開始する。

六 要望書は、事態の進展に合わせ、キャプテンの判断に基づいて新聞社、放送局に提供し、国民の理解と協力を得る。

 なお、首相の内閣解散声明の録音テープ、地下現場の首相との対談写真など、工作に必要なものの準備は、緊急、綿密に行う。

七 訪米中の外務大臣には某機関を通じて事件の真相を明かし、対外弁明に努力するよう依頼してあるが、その反響には十分な注視が必要である。

八 組閣は予定の人物を中心に行うが、参加承諾者全員から誓約書をとる。

九 組閣の見通しがつきしだい、前閣僚全員を各自宅に護送する。ただし、その引き渡し交渉は、キャプテンが官房長官、某重要人物と直接に行う。

十 今回の行動は、われわれ自身が政権を奪取するためにとったものではない。したがって、新内閣成立の発表をもって、本隊の任務を終了、解散するが、参加隊員は新たにA組織をつくり、新政権安定まで、その支援・監視の活動にあたる。




第四章 クーデターの戦略・戦術
 
一 クーデターの諸条件

クーデターを起こすには、周到な準備が必要であることはいうまでもない。が、この準備のありかたは、決起者と現体制との力関係によって異なってくる。たとえば、日本では、自衛隊が行うばあいと、民間人が行うばあいとでは、その準備も方法も相違するのは当然である。

いずれにしても、かなり長期の準備期間を必要とするので、事前にある程度は計画を察知されるおそれがある。しかし、原則的には隠密な行為であり、意表をついて行うのが特長であるから、その全計画を予見されるようなことがあってはならない。

クーデターに必要な条件として、一般に、人物・資金・武器の三つがあげられるが、その前提として、クーデターの目的――動機を明確にすることが きわめて重要である。と同時にその終結の処理も十分に考慮されていなくてはならない。このことは当然のようにみえながら、実際には意外と忘れられていることが多く、そのためもろもろの悲喜劇がうまれる。たとえば、二・二六事件においては、綿密な集結処理案が準備されていなかったため、多大の犠牲が払われたにもかかわらず、決起者側が排除しようとした権力者たちの権力をかえって助長するという皮肉な結果を招いた。


以下に、クーデターを起こすための必要条件を述べる。

 

クーデターの目的――動機・処理


   目的の明確化

クーデターの目的は、動機と結果とに分けることができる。動機の完成が結果である。(ついでにいえば、その過程が戦略・戦術である。)

動機は、個人的な権勢欲や物欲、あるいは私怨などでないことが好ましい。かりに私的なものを「大義名分」によって隠蔽したとしても、それはいつか露呈し、大衆の信を失うにいたるだろう。

真実の衝動から大義名分をたて、これを明らかにかかげることは、近代国家においてはとくに重要である。主義主張が不明瞭であると、たんなる徒党の暴力とみなされる危険があるばかりでなく、ときには、体制側からその虚をつかれ、思わぬ反撃を加えられることもある。すなわち、クーデターの成否にもかかわってくるのである。

また、目的のちがいによって、参加者の質・量も相違するだろうし、その戦術も当然変わってくるだろう。

 

   事後処理

クーデターが勝利に終わった時点から、処理の問題が具体化する。

処理は、それが動機と一体である以上、だだちに着手しなければならない。

まず第一に、政策の発表とその実施である。権力をにぎりながら、見るべき政策とその実施がなければ、必ず反動があるものであり、勝算はまったくおぼつかない。

政策は、実情にあったものでなければならない。つまり、広く国民の支持を受けるにたるものであることが肝要である。しかも、これはごく基本的なものに止めておくほうがよい。あまりにも細部にわたることは、かえって世論を沸騰させ、収拾を困難にするだけでなく、反対勢力につけいられることもあるだろう。もともとクーデターは、国民大衆の側にたって行うことを名目とする場合が多い。したがって、国民不在の政策は、クーデターを必ず失敗にみちぴく。

政策の実施は、敏速果断でなければならない。ためらうことなく、あらかじめつくられた青写真どおり、一つ一つ具体的に推進していくのである。

クーデターの事後処理は、一般的な戦後処理とはちがう。クーデターにおいては、相手に徹底的な打撃をあたえて再起不能におとしいれることはしない。政権の座からひきずりおろすだけである。いつ敵が反撃体制を整えるかわからない。たえず危険をはらんでいるなかで、事後処理は行われるのである。いわば、戦中処理といってもよいだろう。したがってクーデターのばあい、意に反した方向に流れぬよう、常に実効の確認を怠ってはならない。

これまでのクーデターの例をみても、具体的な処理方式の不十分なものは、一時的に政権をにぎっても、すべて失敗に終わっている。たとえば、労働運動のうえに偉大な足跡を残し、レーニンもここから多くを学んだといわれるパリ・コンミューンも、軍事的指揮に統一がなく、かつ、地方農民との提携に失敗し、七十日の短命に終わった。政権樹立後の処理が不十分なために失敗した例である。

もう一つ、事後処理に際して問題になるのは、クーデター主謀者らと次期政権担当者との関係である。ターデター側に、国民大衆の信頼をつなぎとめ、政権を担当する能力があったばあいでも、現実には国民感情が許さないことがある。したがって、ただちに自らが次期政権をにぎろうとするのは得策ではない。信頼できる第三者に政権をゆだねるのが賢明である。ただ、クーデター側の青写真が忠実に実践されていくかどうかについては、事後も十分に監視する必要がある。そのためには、監視委員会のような、十分に実力をもった組織を保持し、政権が安定するまで監視と支援をつづけなければならない。

 

クーデターの主役たち

   第一の主役-自衛隊

クーデターの実態を見ると、軍隊(軍人)が主役となっているばあいが多い。二・二六事件のように、軍人と民間人とが合体して行った例もあるが、これも行動の主役は軍人であった。また、自衛隊の同調をねらった三島事件(昭和四十五年)のようなものもある。

軍隊がしばしば登場するのは、さきに述べたクーデターの必須条件である人員・武器・資金のうち、人員と武器とを軍隊があわせもっているからである。クーデターの際の資金が、主として武器の購入、人員集めのために使われることを考えれば、軍隊をつかむことによって、資金の必要性は半減するといってよい。

日本のばあい、自衛隊は、自己の地位に関してつねに不満をもっているとされている。そこに今日、自衛隊クーデター本命説の台頭する要因がある。それも、主力が艦船である海上自衛隊より、やはり本命は陸上自衛隊であろう。

しかし、ここに問題がないわけではない。陸上自衛隊はもとより、海・空自衛隊とも、隊員の構成はきわめて複雑になっており、戦前ほど容易にクーデター実行にふみきることができるかどうか、という点である。

防衛大学校第一期卒業生(昭和三十二年三月卒業)二八六名全員が、昭和四十七年三月、三佐(旧軍の少佐にあたる)として陸・海・空自衛隊の中堅幹部のボストについた。彼らは、六・三・三制の教育を受けて育ってきた者たちである。第二期、三期、四期と下るにつれて、戦後民主教育の影響をいっそう強く受けてきた若者たちに占められている。

昭和四十七年四月、防衛庁前で「沖縄派兵反対」の声明文を読みあげた五人の自衛官は、十九歳から二十三歳の一等陸士(同・上等兵)である。この一事からも、今後の若者の思想の動向の一端がうかがわれる。

反戦自衛官は、この五人に止まらない。反戦現職自衛官約二〇〇名(自衛隊内反軍)、退役自衛官約三〇〇名(隊友反戦)のほか、労働者、学生による組識四〇〇~五〇〇名(反軍行動委員会、全国六十支部)、市民による組織(反軍闘争を支援する会)もあるといわれる(『週刊現代』昭47・5・18号)。もちろん、隊員のなかには、民族主義でガチガチに固まった者があることも事実であるが……。

自衛隊の思想的脆弱性は、次のことからも見られる。

昭和四十七年六月十五日の沖縄復帰に際して、沖縄県民は自衛隊の沖縄進駐に激しく反対した。このことは、自衛隊に対する日本国民全体の拒絶反応を象徴しているものである。この拒絶反応は、自衛隊の定員を充足させない現状をうみだした。いきおい隊員のポン引き募集が行われ、昭和四十年の一年間で二千余件の刑事事件、また年間平均三百件に近い懲戒処分事件が自衛隊内で起きているという事実が示す“質の弱さ”がでてきたのである。

また、自衛隊員のサラリーマン化という問題もある。自衛隊は安保条約にもとづいて、アメリカ極東戦略の一翼をになうことになっており、有事の際は、アメリカの太平洋統合軍司令部(在ハワイ)の指揮下に入るとされている。したがって自衛隊は、旧軍隊のように自国を守るという立場ではなく、戦略的にはアメリカの出先機関にすぎない。サラリーマン化するのもうなずけないことではない。こうした自衛隊員が、はたして「国軍」という自覚をもちうるだろうか。こうした自衛隊員を引率して、よくクーデターを戦いとれるだろうか。

しかし、さきに述べたように、自衛隊がクーデターを行うばあいは、武器や人員の獲得は、他にくらべてはるかに容易である。資金は不要に近い。これが、第一の主役たるゆえんである。

 

   第二の主役

第二の主役は、1民間人と自衛官の合作、2民間人、である。

1のばあいは、人員・武器の調達の面だけでなく、武器の操作を習得するうえでも便利である。

2のばあい、人員・資金・武器の入手の困難さが、決起にあたって、はかりしれない大きな障壁となってあらわれるだろう。そこで、クーデターの重要な要素として「英知」が登場する。すなわち、微力な資金力・戦力をカバーするのが、人間の英知ということになるのである。

 

ついでに、ここで今日の自衛隊の成り立ちをかんたんにみてみよう。

一九五〇年(昭和二十五年)六月、朝鮮に戦火が起こると、アメリカはただちにこれに介入、日本駐留軍を参加させ、同時に、基地の治安維持その他の必要から、日本に警察予備隊をつくらせた。(連合国軍総司令部覚書による。陸上だけ)。五二年、日本の自衛力漸増の期待を定めた日米安全保障条約にこたえて、海上保安隊を加えて「保安隊」と改赦し、さらに五四年、日本政府は、自衛力増強、直接侵略への対抗手段などを織りこんだMSA協定に基づいて、防衛庁設置法、自衛隊法を制定、航空自衛隊を加えて、三軍方式の自衛隊に改組したものである。

 

クーデターと人物

主役が軍隊(自衛隊)のばあい、その階級制度、指導命令系統からいって、指導者の人物そのものを論ずる余地はあまりないといえよう。しかし、クーデターの主役が軍隊(自衛隊)でないばあい、人の問題はけっしてゆるがせにできないことである。

「もしキューバ革命に、カストロが存在しなかったならば、キューバ革命は現時点では成立しえなかったであろう。……キューバ革命はかなりの、後年になっただろう」(ゲバラ『エピローグ――キューバ情勢の分析 その状況と将来』)

クーデターを指導する人物については、あらゆる能力を一身に備えた超人的人物を期待することは不可能であろう。それぞれの面に卓越した才能をもつ人びとでもって司令部を形成するということが現実的である。たとえば、軍事面に明るい者、政治面で力のある者、金融面に豊かな経験を積んだ者というぐあいにである。こうした職能のほかに、人間として総体的に求められるべきことは、革命家としての情熱、勇気、決断力、それに、感情にまどわされない科学者的態度のもちぬしということになるだろう。

ついでにいえば、司令部といっても、特にそうした形式的なものが必要だというのではない。主謀者、参謀、クーデターの協力者がそのつどの作戦会議、進行状況、政治・経済その他の情報交換、報告をそれぞれ行い、それを総合的にまとめることが大事なのである。また、その場所も、特にきびしい条件を必要としない。秘密アジトでもよいし、移動アジトでもかまわない。とにかく秘密のもれにくい場所でありさえすればかまわないのである。

同志をつのるにあたって重要なことは、思想的に統一された組織を結成することである。前にも述べたように、チーム・ワークがきわめてたいせつであり、人の和がなくては成功は望めない。また、クーデターは、軍事革命のように事後に備えての兵力の温存を不可欠事とはしない。全力を受入して短時日に事を完了するに足る最少人員があればよいのである。いたずらに人が集まりすぎると、かえって失敗することも考えられる。人員の制限は、武器や資金の調達、訓練と秘密保持の面からも重要なことである。

 

武器

クーデターにせよ、革命にせよ、その成果を握る直接的なものは、武器である。したがって、赤軍が自衛隊にもぐりこんで工作するとすれば、それは武器への執着と恐怖からである。右翼についても同様なことがいえよう。

武器は、必ずしも最新式、精巧なものでなくともよい。戦闘に役だつものならなんでもよいのである。ただ、できるなら自衛隊が現在使用している武器と同様のものでありたい。(自衛隊がクーデターの主役であるばあいは、武器についての問題はまったくないので、ここでは、民間人の起こすクーデターについてのことである。)

それは、事を起こした後に、体制側の精巧な武器をできるかぎり奪取しなくてはならないばあいが出る可能性があるからである。また、諜報網が厳重に張りめぐらされている今日、日本のように武器に対して監視の目の鋭い国で、精巧な武器に必要以上に執着することは、かえって監視の目にひっかかる危険がある。

自衛隊と民間人との合作のばあいは、当然、武器の融通の可能性などが考慮されていい。

ここで忘れてならないことは、クーデターを起こす以上、権力の中心部に一撃をあたえて、政治的機能を一時的に停止させなくてはならないということである。ところが、現在では、権力側の実力的支持者は、自衛隊という暴力組織である。したがって、この組織に対する工作を怠ることは、ぜったいに不利である。

 

資金

資本主義社会は矛盾にみちている。したがって、財閥のなかには、必ずしも現体制に同調していないものもいるとみてよい。

次のような例がある。

昭和八年七月、神兵隊事件というクーデター計画事件があった。これは、右翼団体と軍人によるもので、首相以下、政・財界の要人を殺害し、軍部政権を樹立しようとしたものであった。計画は事前に洩れ、決行日(同月十一日)前夜、弁護士天野辰夫ら主謀者側四十六名が明治神宮内に集合したところを、一斉検挙され、事は終わった。この計画の遂行にあたっては、空から警視庁を爆撃する予定もふくまれていた。

ところが、この計画の資金が、なんと某デパート重役・証券業者から出ていたというので、世人を大いにおどろかせたものである。とにかく、資金調達は、工夫と努力によっては、必ずしも困難なこととは思えないといってよいだろう。

 

訓練

人員・武器・資金の準備が整ったあと、残された重要な問題は、訓練である。このばあいも、自衛隊が主役のばあいは別である。

クーデターに武器や最新の科学機器が使用される以上、その操作に習熟することは当然の必要事である。どのように精巧な武器や機器をもっていても、その性能を十二分にはたらかせなくては、まったく無意味である。

訓練は、武器などについてだけではない。言語・行動の訓練も重要である。言語の伝達を誤まったならば、すべては混乱し、破滅する。また、クーデターが一分一秒を争う電撃的作業に終始しなければならない以上、すべての行動は、沈着のなかにも敏速・正確になされることが必要である。また、訓練には、このような肉体的訓練のほかに、あくまでも事をなしとげようという精神面の訓練もふくまれよう。いわば、根性の養成とでもいってよい。

実行段階のなかで起きる過失は、戦争とちがってクーデターのばあいはほとんど修正できない。また、途中での変更には非常な危険が伴う。したがって、予備訓練が寸分のちがいもなく、そのまま実行に移されなければならない。もちろん、現場を想定した訓練を行わなければならないが、同時に、なんらかの形で現場を実地に調査し、実行にあたってまごつかないようにしておかなければならない。



第四章 クーデターの戦略・戦術
 
二 プロパガンダとアジテーション

革命やクーデターにおいて重要な役割をはたすものに、プロパガンタ(propaganda 宣伝、特に政治宣伝)とアジテーンョン(agitation 扇動・アジ)がある。

この二つは、まったく性格を異にしているとはいえない。プロパガンダのなかにアジ的要素をふくむことがあるし、アジテーションのなかにプロパガンダを入れることもある。事実、プロパガンダのなかに、なんらかの形でその宣伝を実行させようとする扇動的意図がなければ、宣伝は弱くなるし、アジテーションのなかにも、大衆の理解と共鳴を得るためのプロパガンダがなければ、扇動にのってはくれない。どちらの性格が強いかで、プロパガンダかアジテーションかということになる。

この両者は、その用い方しだいでは、核兵器に優るとも劣らない力を発揮する。一九一七年(大正六年)のロシア革命の際、ポリシェビキの行ったアジテーションが、反革命派の陸軍士官候補生、コサック集団を、もののみごとに革命派あるいは中立に転向させたという実例が、このことを証明している。

卑近の例としては、ベトナム戦争で、南ベトナム軍第五十六連隊の連隊長以下全員が解放軍に投降した事件がある。新開・雑誌などでも報道されたが、ここでは『週刊貌代』(昭47・6・5号)から、その記事の一部を引用してみよう。

 

   連隊会議で決議して投降

ファム・バン・ディン中佐は、第三師団第五十六連隊長だった。

クアンチ省タンラム戦闘中に反戦決起して連隊全員で解放軍に投降した。なお一個連隊全員が解放勢力に走ったのはベトナム戦争史上始めての出来ごとといわれている。

三十六オのディン中佐は、政府連隊長中もっとも若い連隊長で、「大佐に昇進するまぎわだった」という。――(中略)――グエン・バン・チューが“ベトナム化成功のモデル”と評したほどの“要衝″タンラム基地を守った第五十六連隊の“集団投降”は、傀儡軍にとっては大ショックだと思うが。

「たしかにその通りだ。タンラムは地形にも、また、強固な施設にも恵まれていた。百七十五ミリの巨砲をはじめ、各種火力や爆薬も豊富だった。

しかし、それだけでは勝てない。なぜならば、傀儡軍であったわれわれは不義の軍隊として、人民の正義に敵対したのだから」

連隊は、決議声明を出した。

第五十六連隊全員の決議にもとづく声明(投降……(中略)……

これまで解放軍は「十項目」の呼びかけを政府軍に行って投降をすすめていた。厭戦気分にある南ベトナム政府軍兵士には、その内容は魅力あるものだった。

その呼びかけの内容をみると、

(a) 各種兵科、兵種の傀儡正規軍の兵士、将校で、アメリカ=チュー一味の残虐なる軍事制度に反対し、かれら自身とその家族の生活条件改善を要求するものは、人民と革命権力の同情と支持をえられる。

(b) 前線へ出動命令、カンボジア、ラオスへの出動命令に対し、あるいは、家族と人民のところへ帰るためその隊列を離れる個人、集団、部隊は、人民と革命権力から積極的に保護され、生活手段入手の上で援助をうけ、その家族のもと、故郷へ帰る機会を与えられる。

(c) 前線で蜂起をおこし、解放勢力に適時に自分たちの行動を通信する兵士、将校、個人、集団、部隊には、援助があたえられる。(一部のみを掲載したようである。著者)

つぎは、国道九号線沿いのケジャオ(ダウマ)基地での激戦で、あッという間に殲滅され、逃走したが解放軍に捕えられた海兵隊第百四十七旅団、ハ・トウッタ・マン少佐とのインタビュー。

 ――あなたは、解放戦線の“政府軍兵士”公務員に対する十項目政策を知っていたか。

「兵士たちは、すでに何回も公然と解放戦線のラジオによる呼びかけを聴き、また、昨年この国道九号線で捕虜となったサイゴン傀儡軍兵士の体験談にも耳を傾けていた。

わたしも、指揮官という立場上知らないフリをしていたが、実は、部下のラジオですでに何度も聞いていた。昨年、ラオス侵攻のさい捕虜になった、第三旅団長グエン・バン・トウ大佐の話も聞いた。」

 ――今度の解放軍の大攻勢に、あなたがたは、ほとんど戦うこともなく壊滅し、逃走したが、なぜ“十項目”を知っていて、投降しなかったか。

「たしかに、わたしを含め全員が“十項目”を知っていたし、また、ほとんど全員がPRG(臨時革命政府)を信頼していたことも事実だ。しかし“現実にどうするか”という態度決定を、それもあの凄まじい砲弾の雨のもとで、迫られると、やはり不安になったのだ。

だから、兵士の心理は、逃げられるものならば、捕虜になるよりはその方がいいという方向に動いたのだろう」。

この他に無数の兵士の戦線の脱落は、マスコミ報道で、すでにご存知の通りである。

 

アジやプロパガンダがいかに大きな効果をあげているかは、この一事でもよくわかる。ロシアの革命家たちが、敵軍内に潜入し、政治宣伝・扇動に活躍しただろう姿も、ベトナム戦のこの一コマから想像できる。ロシア革命の父といわれるレーニン(Vladimir Iliich Lenin)は、すぐれた革命理論家であると同時に、すぐれたアジテーター、プロパガンディストでもあった。

わが国での最近の例をあげてみる。それは、昭和四十七年三月の衆院予算委員会(二十七日)での、社会党横路孝弘代議士の沖縄返還にかかわる発言である。もちろん、これなクーデターや革命を意識してのプロパガンダであったわけではないが、国民の政府不信をあおるうえで、大きな効果があった。横路氏は、日米の沖縄返還協定第四条三項は日本国民をあざむくものであると、その裏面を暴露して政府を追求した。これが、外務省機密漏えい事件に発展する。

もともと国民の大多数は、体制側の発表をあまり信用しない。(浅間山荘事件で、機動隊の放水に村して赤軍の五人が、人質の牟田泰子さんのために人壁をつくって守ってくれたとか、その他かれらを弁護することばなどを、警察がかん口令を出して外部にもらさないようにしたようだと、ある週刊誌は書いていた。また、外務省の機密漏えい事件の本筋にはまったく関係ないはずの西山・蓮見両氏の個人的問題を暴露して、事件の本質から国民の目をそらせようとしたとも思える行動を体制側はとっている)。しかし、信用していなくても、これを否定しさるだけの材料をもっていない。だから、この種の暴露は、事の内容にもよるが、かなりの効果をあげることができる。

すなわち、国民の支持を反体制側に転換させることに役だつだけでなく、体制側やその支持諸機関(自衛隊を含む)の士気を喪失させ、ときにはその力を徹底的に破壊するにいたる。そして、反体制側をいっそう有利に導くことはいうまでもない。

この宣伝・扇動工作は、クーデターの準備期間中に行うのが効果的である。さまざまなマス・メディアの発達した今日、体制側の非政をあばく資料をマス・コミに提供する方法もあろう。しかし、このことで自己の正体をつかまれ、逮捕される危険があるようなばあいは、当然中止すべきである。

ここで注意しておきたいのは、プロパガンダやアジテーンョンがいかに強力な武器であったとしても、それは真実に基づかないもの――デマであってはならないということである。つくりあげられた虚構であることが判明したとき、「扇動」「宣伝」はたちまちその神通力を失ってしまい、その後においても回復することはない。

また、逆に権力側の謀略宣伝=デマゴギー(Demagogy)が行われることも予想される。このことをあらかじめ考慮にいれておいて、それらへの対策をたてておくことも、戦略家のなすべき任務である。




第四章 クーデターの戦略・戦術
 
三 クーデターにおける自衛隊の地位とその戦力

クーデターは、高度の、特殊な政治闘争である。つねに、政治的闘争、政治的配慮、武力闘争が互いにかみあって成立する。武力闘争は、政治闘争完成のための手段であり、政治的配慮のない武力闘争は、たんなる暴徒の暴力行為にすぎず、必ず失敗に終わる。

この武力闘争の戦術は、まえにもしばしば述べたように、奇襲作戦・特殊戦術が要求される。ゲリラ戦とは異なるのである。

武力闘争という以上、武器が必要であることはいうまでもない。この武器の大量に所在する場所は、軍隊――日本では自衛隊しかない。しかし自衛隊は、体制側が反体制側を威圧し鎮圧するために設けた武力的暴力集団である。体制側は厖大な税金をつかって、あらゆる兵器と人員を確保することに努め、また、その隊員の訓練を怠らない。反体制のクーデター側にとっては、きわめて危険な集団である。それだけに、この自衛隊に対する工作なしには、クーデターを行うことは非常に困難である。それは、三無事件、三島事件をみても、かんたんに理解できることである。そこで、自衛隊の現況とその精神構造とを十分に研究しておく必要がある。

 

さて、日本でクーデターの頻発した時代は、昭和初期から太平洋域争突入までの約十年間である。主なものをあげてみよう。

三月事件―陸軍青年将校によるクーデター計画。一九三一年(昭6)三月、陸軍少佐橋本欣五郎ら桜会幹部に、小磯国昭ら陸軍中央部、民間右翼大川周明、社会民衆党の亀井貫一郎らが参画して企図。大川・亀井らの動員する大衆が議会を包囲、混乱に乗じて戒厳令をしき、軍隊を議会内に入れて軍事政権を樹立しようとしたが、計画不備のため未遂。

十月事件―三月事件につづいて同年十月、未遂に終わった軍部急進派のクーデター。主謀者は橋本少佐ら中堅将校と民間右翼の大川周明、西田税ら。

五・一五事件―一九三二年五月十五日(後述)

神兵隊事件―一九三三年七月発覚(前述)

二・二六事件―一九二六年二月二六日(後述)

戦後においては、三無事件と三島事件がある。

三無事件は、一九六一年(昭36)十二月二十一日に発覚、未遂に終わった。六二年一月を期して決行、当時の池田内閣の閣僚ら要人を、国会に乱入し殺害しようと計画したもので、元川南工業社長川南豊作、元陸軍士官学校六期生小一臣、五・一五事件の被告のひとり元海軍中尉三上卓らは、目的達成のために自衛隊を動かそうとした。

三無事件とは、彼らが1無戦争、2無税、3無失業、の三つの「無」を主張したことからつけられた名であるが、具体的政策はなに一つ示されず、武器も、銃・日本刀の数本にすぎなかった。

三島事件(一九七〇年十二月二十五日)でも、作家三島由紀夫らは自衛隊に乱入して、自衛隊の決起を呼びかけた。(後述)

この二つの事件は、いずれも武器と人員を確保するため、自衛隊をねらったのである。このように、現在の日本においては、クーデターを起こすためには自衛隊の必要度は高い。

 

この自衛隊を敵にまわしたらどういうことになるだろうか。さきにも述べたように、自衛隊は本来、反体制倒にとっては敵性集団である。その戦力も、第三次防衛計画終了の時点で世界七位、今次の四次防完了の時点では世界第四位にのしあがってくることが見込まれる。とくに陸上自衛隊は、兵員増はないがその機甲化はすさまじく、これによってその戦力は数倍増するものと考えられる。海上自衛隊もまたアジア一級の海軍に、航空自衛隊は世界一流の空軍勢力になるのである(注1)。

場合によっては、このような厖大な戦力をもった自衛隊に、クーデター側は立ち向かうことになる。しかも自衛隊では、間接侵略――人民の不平不満などによる爆発等――を想定して、平時でも訓練をつづけている。当然クーデターでも起これば、総理大臣の治安出動命令をうけ出動することは明らかである。

出動命令がおりたと想定しよう。

まず主力となるのは第一師団である。普通科(歩兵)連隊は都内の市ヶ谷、練馬、埼玉県朝霞、静岡県の板妻にあり、特科(砲兵)連隊と戦車連隊が静岡県駒門にある(図参照)。これに陸上自衛隊の最精鋭を集めた富士教導団二五〇〇人が加わる。教導団は東富士に配備されており、装甲車一一〇両をもつ輸送隊や戦闘工兵大隊を含んでいる。装甲車一両で一個分隊を運ぶ。静岡県の各部隊は、東名高速道路を使用することにより、二時間で東京に展開することができる。さらに習志野第一空挺団一四〇〇人、立川、木更津のヘリコプター部隊も加わる。北開東、北陸地方に駐屯する第一二師団第四四連隊も、首都治安体制強化の狙いをもっている。事態によっては、これも加わってくる。これらを合わせると、兵力三万人に達する。さらに、東北地方の六師団と中部地方の第一〇師団を総動員すれば五万人近くなる。(注2)

このような首都防衛配置による攻撃を、反体制側は予想しなくてはならない。これに対する戦術をどうするか。もちろん、正攻法攻撃は力の差で不可能である。ここに政治工作の必要性が生じてくる。が、これにふれる前に、自衛隊の精神面の分析に入ろう。政治工作は、当然その精禅面の把握なくしてなしえないからである。

戦前の軍部は、他の国務機関の作用を受けない独立機関であった。陸軍参謀本部、海軍軍令部は天皇の軍統帥の直属補佐機関で、統帥権は天皇の大権となっていた。

軍人は、男子にとっては第一の理想像で、それは国の楯、正義、勇気などを象徴するものであった。しかし今日の自衛隊は、若者の理想像とはほど遠い存在である。毎年おこなう隊員募集も、定員を満たすことができないのが現状である。

昭和四十四年十二月の総選挙のおり、毎日新聞社で「関心ある問題について」世論調査をした。

「くらしの問題」が63%、「外交、防衛、国際間題」が18%、「どちらともいえない」が16%、「その他・無解答」3%となっている。「外交、防衛、国際間題」が18%を占めているが、このなかの「防衛」だけを取り上げたら、はたして何パーセントまで低下するだろうか。

自衛隊員は、みな背広を着て通勤している。私服通勤を許可しないと、隊士のなりてが激減するという理由で、防衛庁も背広通勤を認めることにした。

自衛隊員であることにそれほど劣等感を感じるのはなぜか。それは、長沼判決にも示されたように、自衛隊が憲法に違反した存在であるという意識があるとともに、隊員のほとんどが戦後の六・三制教育、民主主義教育によって育ってきており、なんらかの形で戦争のもつ非人間性、罪悪感を知らされているからであろう。

だからクーデター工作をする場合、職業自衛官(三等陸曹以上)と一般隊士(三等陸曹以下)とを区別して考えることが必要である。職業自衛官は、自衛官を一生の職業と考える者たちで、一般隊士と当然違った観念をもっていると考えなければならない。ここに区別して対処しなくてはならない理由がある。

   注1 小山内宏『現代戦略論』

   注2 藤井治夫『自衛隊と治安出動」



第四章 クーデターの戦略・戦術
 
四 クーデターと戦略、戦術(一)

戦いは、常に相手に勝つことを要求される。負けるとわかっていたら、最初から戦うべきではない。結局そのほうが得なのだ。

山本五十六元帥(連合艦隊司令長官)は、緒戦一ヵ月は自信があるがその後はわからない、といったと伝えられている。しかしこれは、おそらく、元帥に箔をつけるためにあとでつけ加えた作為ではないかと思われる。

勝つか負けるかわからないという不確定な状況のもとで、責任ある立場の者が、一国の運命を賭した大戦に路み切るべきではない。もし元帥が事実そうしたことを漏らしたとすれば、その一言は、元帥の全人格をも否定する結果ともなりえない。大勢に抗し難く、不本意ながら参戦したという含みを示唆するための、崇拝者の造言であることを、元帥のために望みたい。不確定の想定の参戦は、一身をなげうって諌止すべきが、真の武人であろう。

戦争には勝たなければならない。だが、勝つといっても、即決の場合もあろうし、持久戦、長期戦ということもあろう。いずれのばあいでも、戦術、戦略なくして始まらないし、これなくして勝負することはできない。戦術、戦略を最も緻密に正確にたてたほうに、勝利の女神はほほえむのである。戦争にかぎらず、クーデターのばあいも同様である。

戦術、戦略は、まずおのれを知り敵を知ることに始まる。また、その戦術は、目的によっても相違してくる。

クーデターのばあいは、政権奪取が目的であるから、当然その戦う範囲も限定されてくる。これに対して革命は、その目的を社会変革においており、権力奪取は、礼会変革のための方法にすぎない。いきおい、その戦いの様相も、戦術、戦略も、クーデターの場合とは、基本的に相違してくる。

兵器、人員とともに、戦術、戦略は戦うための重要な条件であり、同時に他の条件以上に決定的な役割を果たすことが多いことを忘れてはならない。上杉謙信、武田信玄、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康など、軍略に長けた者が、兵器や人員の劣勢を補って勝利をおさめている。

これは日本ばかりではない、外国においても、同じことがいえる。成吉思汗(ジンギス・カン)、フリードリヒ大王、ナポレオンなどはあまりにも有名である。

戦衝、戦略の天才ナポレオンは、当時の用兵上における横隊戦術を、合理的な縦隊戦術に変更して、欧州諸国を相手に戦い、各国軍を撃破、席巻した。しかしナポレオンの用兵上の秘密が、しだいに各国に研究されるにしたがって、ナポレオンは初期ほどの戦果をおさめることができなくなった。そして、戦術上で、逆に劣り、ついにその王座を失う結果を招いたロシア遠征(一八一二年)では、ロシア軍によるかの有名なモスクワの灰燼戦術にあって、遠征軍五十万人のうち生還者わずかに二万人という、惨憺たる敗北を喫したのである。もちろん、冬将軍といわれる厳冬がロシアに味方したことは否めない。だが、その厳冬を利用したのはロシアの将軍の戦術のたくみさである。戦術、戦略がいかに重要かは、肝に銘ずべきであろう。

余談になるが、ナポレオンについては、英雄、天才などにつきものの伝説が多い。鎖国中の日本にさえ、彼の評伝が紹介されたほどである。その伝説のなかでもっとも知られているのは、おそらく、ナポレオンは一日、三、四時間しか眠らなかったという話であろう。しかし、彼の秘書ブーリエンヌによると、ナポレオンはたえず健康に気を使い、八時問は眠ったということである。常識から判断しても、戦争という異常環境、極限状態に立つことのしばしばであった彼が、もし三、四時間の睡眠しかとらないでいたとしたならば、神経の消耗に耐えられなかっただろう。

戦略・戦術がいかに戦争を左右するかは、いま述べたように古今東西の例がよく示している。しかし、この戦略・戦術は、相手の力、動勢などを正確に把捉することなくしては成立しないことも、心に留めておかねばならない。

戦いは、まず相手の力と戦術を正確につかむ必要が生じてくる。このことは、前述のとおりである。クーデターのばあい、この情報収集は、それほど困難な問題ではない。むしろ、クーデターの秘密保持のほうが、なにかと困難がともなうのではあるまいか。もちろん秘密保持の困難は、準備進行の度合と相いまって、相互にふくれ上がっていくことは、事実であるが。

情報収集は、たんなる憶測であってはならない。充分な料学的実証を基礎におかなければならないことはいうまでもない。体制側の秘密機関以外の組識については、その全貌が一般に解放されているだけにつかみやすい。調査を必要とするところも多いだろうが、いろいろの関係書類から、だいたいの相手のカの測定は可能である。また具体的調査をするにしろ、同国人であり、調査もしやすいはずである。

 

今日、クーデターは、世界的に多発している。しかし、その多くは発展途上国においてである。

日中国交回復によって、日本の台湾疎外がはっきりしてきたが、これにともなう台湾独立の問題が、あらためて陰湿な不気味な空気をはらみながらくすぶってきている。

日本政府は四十七年二月二十四日の閣議で、同月十五日に軍部のクーデターでベラスコ大統領を追放したエクアドル軍事政権を承認している。

昭和四十六年七月に起こったスーダンの左翼クーデターは失敗はしたが、この事件で、ニメイリ大統領はあやうく命を失うところであった。

アミン・ウガンダ大統領も、クーデターによって政権を把握した一人である。

こうみてくると、クーデターの発生地は、ほとんど発展途上国であるような観を呈しているが、かならずしもそうではない。

ウォーターゲート事件で追いつめられたニクソン大統領がクーデターを企てているという物騒なニュースが流れている。

     クーデター予言も
        大統領の物騒なうわさ

盗聴事件で米国民のニクソン大統領に対する疑惑は深まる一方。二日、スターク民主党下院議員(カリフォルニア州)の口から「大統領は苦境乗り切りにクーデターを起こす恐れもある」と物騒な予言が飛び出した。

アラメダ海軍飛行基地での同議員の演説によると「大統領は正義の手が身辺に及ぶにつれ、しだいに絶望感にかられてくる。最近の大統領の不合理な行動と、米国の貴族化した軍部エリートが結びついた場合、クーデター発生も考えられないことではない」という。

同議員は「特別検察官が大統領の悪事を暴く寸前が危ない」と“クーデター”の時期まで予告したもの(AP)

                  読売新聞四十八年十一月四日(朝刊)

 

中華人民共和国における、林彪クーデター事件もある。

林彪のクーデターは失敗に終わったが、考えてみると、毛沢東の文化大革命、スターリンの有名な粛正劇も、いいかえれば体制側のクーデターといえないことはないのではあるまいか。

なぜならば、それは大衆討議によって、変革されたものでないからである。劉少奇追い落としについては、中国共産党総会において、討議されたものでなく、毛、林、周の共同作戦(軍、とくに林彪の第四野戦軍団の支持)によってなされたからである。

このことは、スターリンの粛正においても、同じことがいえる。大衆討議以外の権力によって決定され、力によって実行されたものは、基本的にいえばクーデターであるといえないこともない。

このことは、なにも共産国についてだけいえるのではない。わが国においても、戦前の天皇が発令した「勅令」制度は、ある意味でのクーデターといえよう。「勅令」は議会の討議を経ずに出され、しかもそれは議会の決議に優先する法的効力をもっており、国民を束縛したものである。これと同しく、ヒットラーやムッソリーニなど体制側の非民主的行動を、世間ではファッショと別称しているにすぎない。

それらは、合理的仮面をかぶった、実質的にはクーデターと同じ暴力による否定にほかならない。

いささか余談になったが、今回の林彪のクーデターは、それが失敗には給わったものの、先進国ではクーデターは困難であり、あるいは不可能であるという予想を打ち破ることに大きな説得力を与えた。

クーデターは、中国より日本のほうに可能性が多いかもしれない。それは、中国においては階級性は消滅しているが、日本の社会は、いくつかの階級に分裂しているからである。

そうはいっても、これまでわが国でクーデターを起こそうとした人々、たとえば五・一五事件、二・二六事件、三島事件などの主役たちは、クーデターとはなにかを知らなかった。それほど、わが国でおこなわれたクーデターは、素朴そのもの、幼稚そのものであった。

最近でこそ、新左翼運動の激化にともない、ゲリラ関係の書籍の出版とともに、クーデター関係の書籍も出版されるようになってきたが、昭和四十三、四年まではクーデター関係の出版物はまったくなかった。

戦前はまったく論外で、かりにこうした出版が行われると治安維持法に触れ、著者・発行者は三年以上の実刑を覚悟しなくてはならなかった。

かつてのクーデターの実行者が、クーデターの性格や本質、方法を知らなかったと断定するのは、彼らがいちように、権力の中心を見きわめ、それを自分の手に奪取しようとしなかったからである。

護国団事件は、一人一殺主義のテロ事件にすぎなかったし、五・一五事件も、結果的には護国団事件の延長のようなぐあいであった。

二・二六事件になって、ようやくクーデターらしい様相を呈してきたが、これとても、軍部内の皇道派と統制派との闘争という、いわばコップの中の嵐であった。当時の権力の中心はなんといっても、天皇であり、この天皇を擁して目的を処理するということを、これら青年将校はまったく知らなかった。彼らはもともと熱狂的な天皇主義者であったため、勅令で投降し、非公開、一審制、上告なしの特別軍法会議の結果、香田清貞以下十五名は七月十二日、村中、磯部、北一輝、西田税は翌年八月十九日、それぞれ処刑された。この粛軍によって皇道派は一掃され、統制派が陸軍の主導権をにぎった。

また現在審理中の三島事件においては、まったくクーデターのなんたるかを知らないように見受けられる。二・二六事件と同じく、権力に対する認識がまったくないばかりか、準備もまったく不十分で、まったくマンガ的ですらあった。おそらく三島としては、クーデターを実行するということよりも、自己顕現欲に陶酔していたのではあるまいか。


第四章 クーデターの戦略・戦術
 
五 クーデターと戦略・戦術(二)

クーデターの戦略目標

クーデター勝利への秘訣は、協力者と中立者を多く得ることである。しかも隠密にである。クーデター決行中、孤立化、中立化させるべき政界および政府要人、諸団体、官僚、一般または特別施設などを十分研究調査し、掌握しておくことが肝心である。また反クーデターにまわると思われる政府団体とその指導者の無力化の下準備をしておく必要もある。

 

政府要人の逮捕

現政権の指導的人物をすべて逮捕する。それは必ずしも第一線政治家でなくても、影の人物の場合もありうるが、まず閣僚をふくむその側近、顧問もふくむ。これらの者たちは、現政権の強硬な支持者であるとみなしうるし、彼らがクーデターに反対的態度をとる可能性が十分あるので、いっせいに逮捕、監禁してその活動を封じておく必要がある。警察力を牛耳る国家公安委員長および委員、都公安委員、防衛庁長官はもちろん、その協力者なども見のがしてはならない。高級官僚も、ばあいによってはこの中にふくめる。また、政治家でなくても、クーデターに反対すると思われる民間人で、国民の支持の高い者は逮捕、監禁しておくべきである。

しかし、これらの者たちを殺傷することは極力、回避すべきである。これらの者を殺傷することによって意外な事態をひき起こすばあいもあり(さきの二・二六事件の閣僚殺傷の項参照)、また今回のチリのクーデターで世界的詩人、ノーベル賞受賞者パブロ・ネルターの殺害によって、あの戒厳令下においてさえ異例のデモが起こった(チリのクーデターは異例のもので、政府軍より反体制側の人数が圧倒的に多い。こうしたクーデターだからこそ、デモに対してもちこたえたのであろう)。

 

マスコミ・電信・電話

クーデター後にマスコミ機関をおさえることは、死活的重要性をもつ。いま朝日、読売、毎日の発行部数をみると、朝日・読売各六百万、毎日五百万、計千七百万部という厖大なものとなる。テレビ・ラジオにおいては、日本中必ず一家庭に一台はあるとみて、その流される情報の効能は計り知れない。したがって、クーデター側はこれを規制し、新政権の政策の宣伝に利用しなくてはならないことは、当然である。

しかし、新政権が全放送局を占拠することが困難の場合は、全国網をもつNHKだけでも完全におさえなくてはならない。他局は最低限中立化を要請するか、または内部施設の破壊を行う必要がある。破壊はほんの一部だけでよい。それで放送を不可能にすることができる。また電信・電話局、警察・軍閥係の電話、無線関係、電力供給源(自家発電機も含む)を結ぶ電線を爆破、切断する。

 

交通の要衝と首都出入口の封鎖

首都出入口の封鎖、占拠、管理は絶対に必要である。政府応援軍の上京を阻止し、都民の治安を維持するため、絶対必要な処置である。また、首都交通の要衝に対する布陣は、暴動などの発生を抑止し、一般治安を確保するためであると同時に、クーデター側の権力を具体的に示す示威でもある。

 

空港・交通施設

空港はいっさい閉鎖しなくてはならない。空からの政府救援部隊の侵入を阻止するためで、まず滑走路に障害物をおき、三、四名の狙撃兵を配置するか、または滑走路を爆破すればいい。

国鉄、バスなどは、主として治安上の必要から確保しておくのであって、クーデター側は、警察の大型バスまた自衛隊の装甲車などを使用する。

首都の三分の二は海と多摩川、荒川に包まれている。これらの橋梁の確保も忘れてはならない。政府友軍が戦車を先頭に突破しようとしたならば、橋梁を爆破すると威圧すればたいがい引き返すものである。空からの攻撃は、都民の被害が大きいためまず実行不可能と思うが、警戒は十分怠らないことである。

政治権力の象徴である国会議事堂、首相官邸、防衛庁、警視庁の占拠は、国民におおきな心理的影響を与える。

また東京のおもな公園と広場、主要道路の重要交差点、水道、ガス、変電所などへの配置はいうまでもない。

 

政党・労組・その他の勢力

わが国における政党は現在自民党以外は、万年野党として存在している。この中でクーデターに反対すると思われる野党に対しては、極力中立化をとらす方向に誘導する。中立化のどうしても不可能の場合は、逮捕、監禁もやむをえないが、このばあいも、殺傷は極力避けることが好ましい。チリのクーデターで、チリ共産党書記長が逮捕されたとき――チリ軍事政権は「軍がクーデターでアジェンデ政権を倒したのは、外国からの極左分子が国内に侵入してきたためだ」とボニージャ内相が特別声明を出した。こうした中で、軍の激しい“左翼狩り”がなおも徹底的に続けられ、逮捕者はすでに四千人を越えたといわれる。“臨時刑務所”にあてられたサンチャゴの二つの国立競技場は、捕われた左翼の人たちでいっぱいになり、陸上の施設に収容しきれなくなって、軍艦を刑務所がわりに使っているという話である――書記長が殺されるのではないかと、世界各国の左翼、進歩的自由主義者から、激しい軍政権へ非難が起こった。そのためもあってか、チリ軍政権では未だ処刑はできないでいるようである。これらの例にみられるように、些少なことからせっかく盛り上げたクーデターの成功を台なしにするような事態は避けるべきである。このことは労組の指導者の場合にもいえる、その処理の適正を誤まると、意外の方面に発展しないとも限らない。血を多く流すということは、クーデター自体が非合理的事件なのであるから、さらに非合理性をかさねる事になって、あまりじょうずなこととはいいかねる。

右翼団体のうち、暴力右翼でないもの、またクーデターに好意的なものは、積極的に利用すべきであろう。これに反して新左翼の利用は、極力避けるべきである。飼い犬に手を噛まれる結果になるばかりか、クーデターの性格に疑問をはさまれる。



第四章 クーデターの戦略・戦術
 
五 クーデターと戦略・戦術(二)

政治工作の重要性

クーデターには、政治工作が必要である。それは武力準備、武力戦と併行して発展させなければならない。

いうなれば政治工作をおろそかにしては、クーデターはまず失敗するとみていい。政治工作推進のいかんによって、クーデターは失敗するとも、成功するともいえる。

絶対多数を示したチリクーデターのばあいでも同じである。軍は警察が参加するまで決行を延ばしていた。それは、クーデターの特殊性による。小さな力で、厖大な力に立ち向かい、相手の巨大な力を抑制、抑止また破砕しなくではならないからである。政治工作の重要性を把握し、それを綜合的に活用しえなかった二・二六事件が失敗したことは、まえに述べたとおりである。

日本のクーデターは、しばしばみたように、君側の奸を斬るというような、古風な封建的発想によって出発することが多いため、ほとんど暴力的行為に終始してきた。わずかに二・二六事件で、権力交替を表明したが、それでも君側の奸を斬るという、意図が併存していた。かれらが奸臣として斬った天皇の側近を、天皇は信任し、事件の首謀者たちに対して赫怒した。

天皇みずから兵を率いて、反徒を討つとまでの発言が、いままでもたついていた陸軍の幹部を討伐に踏み切らせ、戒厳令をしかせたのである。

すなわち、天皇の重臣を奸臣として斬ったため、かれらが意図したクーデターの目標も、かれら自身の生命も、失う結果となった。かれらは、自分の考えはすなわち天皇の考えと思っていたのである。これは幼稚きわまる考えといわざるをえない。政治的配慮があったならば、当然、事前に天皇の意向をたしかめるべきであったし、それは必ずしも不可能なことではなかったはずである。

クーデターを暗然のうちに支持していたものには、東京警備司令官香椎浩平中将、荒木貞夫、真崎甚三郎各大将ほか多勢いたのである。政治的配慮さえあれば、暗殺した重臣に対する天皇の意向も汲み取ることができたのであった。そうすれば、奸臣(かれらはそういう)に対する天皇の認識を変更させる工作もできたのではないか。できないまでも、暗殺という方法でなく、辞任という方法で彼らを退陣させえたのではないか。そうなれば結果もまた違ったものとなったであろう。

とにかく、クーデターが政権奪取である以上、同志獲得その他、いろいろの面に政治的要素、政治工作が必要であることは前述のとおりである。それは、クーデターがいつも弱小集団であるという、先に述べた原則論と相まってである。

治安機関でもっとも恐るべき敵性集団は、いうまでもなく自衛隊である。自衛隊についてはさきにふれたとおりであり、首郡防衛師団ともいえる第一師団の部隊配置も第一図で示した。

自衛隊対策いかんが、クーデターの死命を制するといっても過言でない。

自衛隊の調査は、そのために徽底的になさねばならない。自衛隊の調査にあたっては、資料の一般的収集だけでは当然手落ちがある。わが方の隊員を自衛隊に潜入させ、調査活動をさせることが必要であろう。

調査活動というと、スパイ作戦ととる向きもあるかもしれないが、この調査作戦は、調査以外に同志獲得、兵器獲待という重要任務があり、一般にいわれるスパイ作戦とは、異質のものである。

スパイ諜報活動は各国とも盛んで、宇宙衛星などは大気圏から相手国の軍事施設などをカメラにおさめているという。アメリカもソ連も、お互いに相手国の軍事施設や原爆の実験などを的確に知っているのは、そのためだという。宇宙衛星は平和共有に意外なところで役立っているものである。

スパイといえば、第一次大戦のときのマタ・ハリ、第二次大戦の際のゾルゲ事件などが有名である。

ゾルゲ事件とは、昭和十六年(一九四一年)に発覚したスパイ事件である。フランクフルター=ツァイトゥング社東京特派員で駐在ドイツ大使顧問のリヒアルト・ゾルゲ、評論家で近衛内閣、満鉄嘱託の尾崎秀実らがスパイ容疑で逮捕された。そして治安維持法、国防保安法、軍機保護法違反容疑で起訴され、十八年十一月七日ゾルゲ、尾崎に死刑が執行された。ゾルゲは昭和九年(一九三四年)ソビエト赤軍第四部に所属、日本対ソ戦の可能性を探知するため来日、尾崎、宮城与徳らの協力をえて活動した。とくに十六年の六月の独ソ開戦後は、日本の対ソ戦探知に全力を投入、尾崎は近衛内閣のプレーンとして北進策の不得策など進言、同年八月から十月にかけて、日本の基本政策が対ソ戦回避、対米断交、南進論にあることを確認した。ゾルゲはソ連に打電、ソ連をして対独戦に全力投球させた。なおソ連は戦後、ゾルゲ以下関係者の功績を認める声明を発表した。ソ連には、ゾルゲという名の町があると聞いている。

クーデターが実行され、首相、防衛庁長官、そのほかの閣僚、また陸上幕僚長などを逮捕、監禁したばあい、指揮命令の混乱は必至である。そうしたばあい、各地の師団長、旅団長、連隊長、特に師団長(ただし師団において師団長以外に影の実力者がいるばあいはその者)の思想、性格などが、その師団(連隊)の態度、すなわち出動、待機、中立のいずれを選ぶかを決定させる大きな要素になることは当然である。したがって、各地の師団長、旅団長、連隊長のこれらの調査は、必ずしておくべきであろう。

高橋正衛著『二・二六事件』によると、

……すでに佐倉、甲府連隊は上京して、歩一、歩三の兵舎に入っていた。また仙台の第二師団、宇都宮の第十四師団からの兵力の東京集中は決定され、高崎連隊はすでに入京している。

参謀本部岡村第二部長の「メモ」に「佐倉連隊は断乎天皇の命に従う」と二十七日付にあるが、歩一、歩三をアテにせず、地方連隊による討伐準備は固められていたのである。

……この二十六日の夜から二十七日にかけて、叛乱軍は全陸軍と対等以上の陣を張り、主張すべき点は主張した。千四百名の兵といい、また弾薬は優に一個師団に相対するだけある。全国の師団、連隊の動揺、帰趨も判明しない。岡田首相を失った内閣は、後藤文夫内相を臨時首相代理としてとにかく存続したが、もはや存在しないも同然である。

とあるように、全国の師団は、師団長によって硬軟いろいろの態度を示した。

これは、クーデターが起こった場合、当然各師団に起こる動揺である。ただこのばあい、注意しなくてはならないのは、二・二六事件で各師団が動揺したのは、討伐側も反乱側も同じ軍人であり、共通の生活感情、共通の利害(軍部の威信失墜など)をもっていたことである。

このことからしても、決起部隊の一部に自衛隊部隊が存在するならば全国の自衛隊の発動に、それぞれの差異はあってもブレーキのかかることは、予想できるのではあるまいか。これは、迅速に権力奪取を計るクーデター側としては、非常に有利な条件となるだろう。

同国人が、自国の軍事、政治、産業の根幹などを調査(スパイ)することは、比較的他国人がなすより容易である(ゾルゲ事件など参照。外国スパイはそのため、その国の人間を、なにかの意味で使用する場合が多い)。だが、容易であるからといって、最初から調査活動や、同志獲得を強要してはならない。そうすることでかえって危険が生じることがあるからである。十分に相手の資質や教養、家族関係を検討したうえで、当人が余り負担視しない範囲から、徐々に訓練していく必要がある。

同志獲得には、二つの方向がある。

それは、クーデターを決行した場合、第一に制圧部隊として出動する部隊を、当然重視しなくてはならない。これらの隊の隊員を同志として、獲得すべきである。

二つには、師団、隊の選定を決めたなら、その隊での指揮権を実際上有している者、またその部隊が機械化部隊であったばあいは技術者を狙うとか、その部隊の特性、戦術によって決定する。

しかし、大体いままでの各国のクーデターの例をみると、佐官以上の高官はあまりあてにはならないばあいが多い。それは、その人たちがどうしても、保身第一に傾いて、クーデターを利用はしても積極的に参加するということが少ないからである。チリのクーデターのばあいは特別で、アメリカのCIAの策動によって、全軍が参加(一部に反対将官もあったが、その人たちは暗殺また実権剥奪にあった)したとみるべきである。チリの軍部はまことに変則的な軍隊で、アメリカ資本によって兵器などを賄い、教練など一切アメリカ式であった。

 

同志を獲得する方法

一、狙う相手(クーデターの仲間)を指導者にしぼるかどうかは、その部隊の構造と政治的状況によって左右される。将校と兵隊が厳しく対立しているような部隊なら、形式上の指導者の協力がなくても部隊を仲間に引さ入れることができる。しかし、実質上の指導者がだれであるかを見分けるのはむずかしいし、クーデターを計画している段階で、はたしてその対立が深まっているかどうかを知ることもむずかしい。といって、技術機構に頼り過ぎることは避けなくてはならない。〈表3〉は介入の可能性を持った部隊の典型的な例を三つあげ、それにいかに浸透するかをしめしたものである。もちろん、クーデターの起こりそうな国の指導者は、自分の部下の一部が反乱を起こすかもしれない危険性を十分気づいているはずである。だから〈表3〉にあげた第一大隊は、理論的にいえば、浸透するのにもっともつごうのよい部隊だが、現政権としてはクーデター側が狙っていることを承知のうえで、第一大隊にもっとも信頼のおける部下を配置していることも考えられる(筆者注 この場合、逆スパイにかかる危険も十分考えられるから、その点細心の注意が必要となってくる)。そのばあいは第三大隊を狙って浸透工作を進めなくてはいけない。十分に注意しなくてはならないのは、決して第二大隊を狙ってはならない。ということである。第二大隊は技術者に頼る面が大きいから、その一部でも途中で寝返ったら、クーデターはたいへんな痛手を受けることになる。また“中心人物”に関する情報を実際に集め、その人物に接触するまでは、どの部隊が政治的に現政権と結びついているかがわからないだろうし、もっと一般的にいえば、最終的にどの部隊から、どれだけの人数の動員ができるかという見通しは立たないわけである。だから、どの部隊を仲間に加え、どの部隊を中立化させるかについては大まかな計画を立てたとしても、その計画はできる限り幅をもたせておいたほうがよい。また計画を実行に移す場合、まず仲間に加える予定の部隊に努力を集中することである。だが、やってみて仲間に加わる可能性が薄く、最終的には中立化させる以外に方法はないだろうと判断した部隊については、よけいな努力はしないことである。

たとえば、しかるべき陸軍将校のところへいって、クーデターに加わらないかと持ちかけたとする。彼が問題にならないほど現政権に忠実な人間でないかぎり、彼は二者択一を迫られる。それにはチャンスと同時に危険もある。

彼はまず、こう考えるだろう。

――この申入れは、ひょっとしたら自分の忠誠心を試すための仕掛けられたわなかもしれない。また、それが本当であったとしても、計画が成功するかどうかわからないという不確定要素がある。

もしわなだとすれば、申し入れを受ければ現在の仕事を失うのはもちろんのこと、それ以上の処罰をうけるかもしれない。逆に、上官に通報すれば忠誠を示したことになり、それだけ認められることになるだろう。

申し入れが本物であったとしても、チャンスが回ってくるのはクーデターに成功してからのことだ。それに比べ、通報すればすぐに報奨は受けられる――。

したがって、彼は当然、上官に通報するほうを選ぶであろう。

だから、彼に接近するさい考えなくてはならないのは、彼のこうした思考をくつがえすことである。つまり、クーデターに成功したときは、上官に通報して得られる報酬とは比較にならないほどのものを与えると約束する。同時に、仲間に加わらないかと誘われたことが伝わるだけで、彼はすでにクーデターの支持者とみなされても仕方がないということをほのめかす。この二つをたくみに利用しなくてはならない。

 

〈表3〉介入しそうな部隊とそれへの浸透の仕方

部隊名;
第一大隊
第二大隊
第三大隊

指揮系統

10個中隊に分れており、大隊司令部には5人の実質的指導者がいる。深く浸透するためには30人の小隊長をも仲間に引き入れるべきである。

中心人物;
15~45人の“指導者”
15~45人の“指導者”
15~45人の“指導者”

技術的装備;
非常に簡単
非常に複雑
中程度

輸送・通信;
通常の通信・輸送施設に依存
クーデターの現場に近づくには空輸と高度の通信装置か必要
地上輸送機関に依存しているが,通信には無線装置が必要

中心人物;
技術者なし
技術者40人
技術者5人

浸透方法;
“指導者”をクーデターの仲間に加える(積極的参加)
一部投術者の消極的協力を求める(中立化)
第一大隊を仲間に加えられなければつぎにこの部隊を狙う
 

二、めざす相手に、クーデターをやろうとしているのだ、という段階まで話が進んだら、つぎの三つのことを話すべきである。つまり
(a)クーデターの政治的ねらい
(b)他の部隊や将校もすでに仲間に加わっていること
(c)彼がクーデターのなかで果す役割。

しかしこの段楷でも、相手が裏切るかもしれないという最悪の場合を考えて、表現を慎重に研究しなくてはならない。また、クーデターが特定の政党あるいは、党派と関係があるという印象を与えないように、用心すべきである。クーデターの目的を話すときは、政策や人物のことは口にしないで、政治的な態度について話すべさである。政策や人物にふれると、話の内容が具体性をおび、無用の反発を受けやすいからである。

さらに、表現だけでなく、話し方も十分計算されたものでなくてはならない。つまり、その国が当面している最大の問題について、国民の大多数が感じているような話し方をすべきである。たとえば、イギリスの場合なら「もっとビジネス・ライクな政府が必要だ」というわけである。そのさい、本当であろうとなかろうとかまわないから、クーデターは大新聞の経営者、大企業家、国営企業の会長らの支援を受けている、というのもいいだろう。ラテン・アメリカの場合は「清廉潔白で軍部に信頼されている人物」が「政治家たちのつくり出した混乱を秩序正しいものにし、社会と国家の発展をもたらす」ために軍部が介入することを望んでいる。「財産と個人の権利は尊重する」という意味のことをそれとなくにおわせることが必要である。もし打倒しようと狙っている政府そのものがクーデターによってできたのならば、「政治を正常な状態に戻すため」といってもよいだろうし、「民主主義を回復するため」といってもよいだろう。

スローガンをつくることは容易なように思うかも知れないが、スローガンもまた、そのときの状況にうまく合うように注意深く計算して作成しなくてはならない。たとえば、あまり具体的な内容はけっして話すべきではないが、だからといって、あまりにも一般的で漠然としすぎても相手に疑惑を起こさせるし、協力しようという熱意もわかないだろう。

また軍隊というものはどこの国でも、政治的、心理的に一般社会とは異った、ときには対立する考えを持っているものだということも、考えておかねばならない。たとえば、軍人も一人の市民として、政府があまり多くの金を使いすぎることには反対だろうが、同時に軍事予算が少なすざることにも不満をいだいているのである。敗戦によって軍人の社会的地位が低下している国や、長いあいだ平和が続いた国では「国を守ってくれる人々は正当の地位を回復すべきだ」と強調することである。クーデターの目的を話す場合、一貫性がないと思われない程度の柔軟な態度で、相手に調子を合せるというテクニックを使うべきであろう。また、とくに必要がないかぎり、自分の考え方を強く押し出すこともない。「私もやらなくてすめばクーデターなどやりたくない。あなたも同じ気持だということがよくわかる」といった態度をとることが望ましい。

クーデターの目的について相手が了解したと判断できたら、つぎに彼の果すべき役割を説明する。だが、作戦計画の全容を話す必要はない。つざの点を明らかにすればよいのである。

 (a)彼の役割はいくつかの具体的行動に限られていて、むずかしくないこと。

 (b)彼の部隊のほとんどすべての者が、すでに仲間として参加していること。

 (c)したがって、彼の任務は安全なものであること。

しかし、相手に実際の仕事の内容を教えるのは、彼が明らかに仲間に加わる意思表示をしてからでなくてはならない。そのときは、かなりはっきりと内容を話してもよいが、しかし、あくまでも“彼の仕事”だけについてであって、全体のなかで役がどのような立場にあるかをわからせる必要はない。

たとえば、彼の部隊が道路を遮断する任務を与えられているとすれば、部下にどのような武器を持たせるべきか、人数はどれだけあればよいか、どのようにして“行動開始”の連絡を受けるか、などについて話せばよいのであって、クーデターをいつ起こすか、道路を遮断するのはどの地点か、他の部隊はなにをするのか、などについては教える必要はない。

情報は最大の財産である。クーデターを計画している段階で非常に有利な立場にあるのは、こちらが国家の防衛機構について多くのことを知っているのに、それを支配している連中はこちらについてなにも知らないからである。

だからこそ、必要以上の情報を他人にもらさないよう極力努めなくてはならない。いずれにせよ、相手のほうはできるだけ多くの情報を知りたがるだろうが、必要以上の情報を与えないことは、かえって彼を安心させることでもある。なぜなら、すべての作戦がそれだけ厳重な秘密のなかに進行しているとすれば、彼自身の安全もそれだけ保証されているわけだからである。

(筆者注、また一つには情報を多く知ることによって、当人に負担と安心を与える。それは万一に逮捕されたとき、余り情報を知っていることによって、同志の秘密を暴露させるのではないかという不安や、知り過ぎていることが多いため体制側から重要人物と見なされたり、長時日にわたって過酷な取り調べを受けるのではないかという、心理的安定性を失う場合ができる)

それぞれの部隊で最初の数人が仲間に加われば、残りの人間を仲間に加えることはずっと楽になる。最初に仲間に加わった連中が説得係になって、さらに仲間をふやしていくからである。逆にいえば、苦労をして最初に仲間をつくった狙いはここにあったとさえいえる。うまくゆけば“雪だるま式”、もっと欲をいえば“雪崩れ”のように仲間がふえていくであろう。

こうした“中心人物”に接近し、説得した効果が現われはじめたら、そのときはじめて、彼の部隊がクーデターで積極的役割を果たすだろうと考えることができる。軍部全体からみれば、ほんの一部の部隊にすぎないが、しかし重要なのは、クーデターを起こすとき、近くにはその部隊だけしかいないという事実である。(筆者注、さきにわたしが述べた。首都防衛体制の部隊であるということで、決行の瞬間よりこの部隊との接触が始まる)

したがって、まず、狙いをつけたその部隊への浸透を深めることに努力を傾けるべきで、残る部隊を中立化することに不必要な努力をすることは、かえって危険をますだけである。理論的にいえば浸透できなかった部隊は全部中立化してしまうのがよいのだが、現実には不可能であろう。

浸透がどのていどの成果をあげるかは、その国の軍部、政治、地理的条件によって左右される。同じていど浸透していても、それで十分な国もあれば、不十分な国もある。(注1)

浸透作戦を開始すると当然、逮捕という非常事態も考えられる。そのために、連絡または指令は、同一部隊の場合はいざしらず、いっさい一方交通である。そうしておかないと、Aの逮捕が組織全体の逮捕に波及するけっかとなる。

一方交通のばあいは、自分と連絡をとっている人間がどういう種類の人物であるか、クーデター集団のなかにおいてどういう地位にあるのかわからないので、Aの逮捕だけか、Aのほんの周辺の被害だけでおわって、組織全体に波及することを防げる。もちろん名前も偽名であることはいうまでもない。

また逮捕されたばあい、ぜったいに口を割ってはならないことは言うまでもないが、できる限り黙否権を行使すべきである。黙否権を行使すれば、証拠はほとんどか、全然ない。日常、家の中に関係書類を保存しないこと、また連絡事項、指令事項も口頭か、仮りにメモをとってもそれらは暗記するように訓練すべきで、すぐ破棄するようにしておけば、物的証拠はないわけである。

調査官はあらゆるものを利用して、なんとか自白に追い込もうとする。安易な気持で口を開くと、意外なところで証拠をつかまえられる結果となる。調査官はそれが商売であるから、とうていたちうちができないものと思うべきである。

これと関連して考えなければならないことは、無能で、人格的に騒がわしい人物や指導者を誘いこむようなことは避けるべさだということである。非合法活動のなかで、こうした人物がいることは、隊の中に不安な空気をかもし出す。また、こうした人物のいる決起集団の主張や成功に疑惑を抱かせ、有能の人材がかえって参加しなくなる。また彼は自己の利益のため集団の規律を破ったり、裏切り行為に走る場合も考えられる。

 さきの〈表3〉の第二大隊の「一部技術者の消極的協力を求める」ことによって、中立化を計る方法は、この部隊が非常に複雑な技術部隊であるためである。機械はだいたい有機的な関連で作動し、一つの機能を果たすのであるから、その機械の一部品の破損また隠匿によって、またときには技術者のサボタージュによって、指揮官の中立の意志の有無にかかわらず、部隊の出動を阻止することができる。このことは中立化を意味する。また部隊の地理的位置においても、とうぜんその始動に差異が生れる。遠い地方では情報をみてからという工合にどうしてもなり易く、結果的に中立という結果になる。

 なおさきに述べた、最近の自衛隊の精神構造なども十分に吟味、参考にすべきであろう。もちろん一般的傾向だけでなく、各師団、各部隊の気質の相違を、現実に十分調査認識することはいうまでもないし、またこうした気質からも、上官、兵との関係は昔の軍隊のようにはいかない事も計算しなくてはならない。一つの部隊からどれほどの員数を動員できるか、武器の種類、武器の量もとうぜん計算しなくてはならない。

  注『クーデター入門』エドワルド・ルトワック著 遠藤浩訳

 

警察力の分析と中立化

 クーデター派がじゅうぶんな装備をもち、ある程度(都市を占有し戦闘体制のとれるほど)の人員をもっておれば、警察はあまり問題はない。しかし現実は、そうした装備、人員をもつか否かである。

 先月のある新開に、アメリカのある州の警官が賃金値上げを要求してストライキに入り、警察署を占拠したので、州兵が出動して三、四時間の戦闘の結果、警官が降服したと報じ、警察も軍隊にはかなわない、というようなことをいっていた。

 野中大尉(二・二六事件)のひきいる約四百名の将兵によって、警視庁はいとも簡単に占拠され、警視庁は本部を神田錦町警察署において、なすところを知らなかった。

 だからクーデター側の人員、装備(装備が警察機動隊よりはるかに勝っておることが必要である)によっては、警察は積極的にクーデター側を攻撃してくることは、まずないとみていい。しかし警察機構は軍隊と違って、その職業を少なくとも一生の職としている人たちが多いので、クーデター側に介入しても来ないが、加担することもまず考えられない。ロシア革命においても、警察は最後まで不服従であった。

 日本の警察機構は、中央警察機構と地方警察機構とに分かれている。

 中央警察機構は、総理大臣の所轄のもとに国家公安委員会がおかれ、国務大臣である国家公安委員長と内閣総理大臣が国会の同意をえて任命した五名の委員で組職されていて、警察庁を管理している。

 警察庁は警察庁長官を頭に、内部部局が長官官房、警務局、刑事局、保安部、交通局、警備局、通信局に分けられる。地方機関は、北海道警察通信部、東京都警察通信部、九州管区警察局、四国管区警察局、中国管区警察局、近畿管区警察局、中部管区警察局、関東管区警察局、東北管区警察局の九地方機関に分かれている。

 地方警察機構は、都道府県の知事を頭に各公安委員会の管理の下に警察本部が置かれている。ここで問題になるのは東京都の警察機構で、都警察は、都知事の所轄のもと都公安委員会(五名)の管理下に警視庁(警視総監)があり、各区に幾つかの警察署、その下に派出所、駐在所などあって、都の犯罪、警備、交通などの取締をしている。

 警察署は、全国で約一二五〇あり、各署には通常、署長以下二〇〇~四〇〇人の警察官が配置されている。小さな署では、一五~二〇人ぐらいの所もある。

 警察署の機構は、署長、次長、刑事、防犯、交通、警備警らまたは外勤などの課制がしかれ、署の下部機構として派出所、駐在所がある。特別に必要な時には、臨時派出所、検問所、警備派出所が設けられる。警察本部との通信連絡は、警察専用電話回線による有線電話または無線電話による。重要港湾には水上警察署また派出所、空港には空港警察署がある。

 クーデター側としていちおう考慮しなければならないのは、警視庁機動隊であろう。これは浅間山荘の赤軍派との交戦で全国的に有名となった(じつは予算分取りと、左翼恐怖性を一般国民に与える一石二鳥のねらいがあったという人もある)。機動隊は、人員の戦闘訓練度の高さ、装備の完備で、世界一の声が高い。世界の警察が、日本のこの機動隊の実状を見学によくきている。

 一機動隊四〇〇人前後で九機動隊、総員六、〇〇〇人、他府県の機動隊を合せて一万人といわれている。この他に″管区警備部隊″総員四、二〇〇人、″特別機動隊々を入れると、二万八、〇〇〇人から三万人といわれている。一師団九千人とみなすと、三師団余の人員である。主として警棒であるが、有事の際は拳銃、防弾衣、ガス銃などがある。このほか機動力を備えるため強装備の輸送車など二〇〇台をこえている。

 このほかに一般署員を緊急時に臨時編成する“方面機動隊”がある。この動員可能の人員は五万~五万五、〇〇〇人ていどとされている。

 警察の武力介入はあまり考えられないが、治安情報収集、いうなればスパイ係である。クーデターの前をはばむものがあるとしたならば、彼らであろう。これらのことは、一括して次に述べる。

 

秘密政治機関との闘い

 国はあらゆる諜報機関をもっている。それは自己の保身上の必要からである。外国に対してはもちろんのこと、国内に対してもそれぞれの省がなんらかの情報活動を行っている。反対制側としてはもっとも警戒しなくてはならないのは、政治警察である(戦前の悪名高い特高警察、憲兵などについてはあまりにもよく知られている)。彼らは目的のための情報の収集、監視、おとり捜査、挑発、盗聴、信書の検閲、反対制運動家、革命家、危険思想家、市民、農民、学生、急進分子などの逮捕、取締り、弾圧などにあたる。クーデター側の前に立ちふさがり、クーデターを破壊するものはこの秘密警察である。日本では公安調査庁、警視庁の警備局、警備課、公安課である。

 このほかにも、いろいろの秘密警察が存在することは、さきの金大中事件で陸上自衛隊の調査隊(憲兵の役割をもち、広くスパイ活動をしている。調査隊は陸、空、海自衛隊にそれぞれ設けられている)出身者が関係していたことからも明らかである。しかしこれら機関の機密費は、まったく発表されていない。

 もちろんこうした数字以外の隠された部分のほうがはるかに厖大であろうということは、想像に難くない。

 クーデター側としては、秘密機関に村しては、まったく防戦一本槍でゆくより手がない。後述するが彼らは絶対にクーデター側の同情者であることはないし、参加者となることもあり得ない。わざわざパイプを通そうなどという無駄で危険なことはしないことである。
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プロフィール

海のピラミッド▲熊本

Author:海のピラミッド▲熊本
※重要動画※

2010/8/27(金)
ベンジャミン・フルフォード 熊本講演
YouTube 3分47秒
+Ustream 2時間14分55秒


2010/8/14(土)
「千坂 恭二」 × 「外山 恒一」
トーク・ライブ@秘密基地アジト熊本
Ustream 2時間18分33秒

2010/8/27(金)
野口 修一さん 宇土市議会 議員選挙
立候補 決意表明
YouTube 11分13秒


90年代初頭、バブル経済末期、
「政」「官」「業」の杜撰な計画に基づき、
建築された巨大建造物
「海のピラミッド」

その後、目的を失い、彷徨い、
国、熊本県から見捨てられ、
廃墟と化そうとしていた
ピラミッド。

そのピラミッドが、
2007年夏、
人々の手により解放され、
週末、レーザー光線が飛び交い
2万ワットの爆音が響き渡る
西日本最大のクラブとして、
復活しました!

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